【 喪われた手帳 】

 

――ここはどこなんだろう。

 


…あれから、何年、何月、何日経ったか。

そんなのはよくわからないので、

今日の日付だって正確には合っているか不明だ。


だが信じがたいことに、事は本当に起こった。


私たちが、「元素P」について解き明かすのが遅れたせいかもしれない。

あの頃、図書館などで感じた不穏な空気。

もっと焦るべきだったのだろうが、もはや後の祭りなのだ。

 

 

――結論から言うと、魔法学園は、無くなったのだ。

いや、建物の形そのものは残っているし、

図書館だって、汚くはなったが一応そのままである。

学園から出た麓あたりには 当時の教官も幾人か住んでいるらしく、

魔術の勉強そのものは、できるっちゃできるのだが。

 

 

詳しいことはわからないが、今ここは魔物の巣窟なのだ。


生徒、すなわち少年少女の実力では 魔物の全てを片付けることはできず、

危害を加えない、あるいは弱くて実害の少ない生き物は

数ばかりが多いので、そのまま学園や寮の周りに生息することになった。

とはいえ、ここに通わせている村の両親やら何やらは

学園がこんなことになっているという事情をおそらく知らない。

何か都合の悪いことでもあるのか、上の教官たちは知らせなかったし、

生徒である私も、一応いつも通りに寮に身を置きながら生活を続けた。

しかし一部を除いて、ほとんどの先輩や友人とは連絡が取れなくなった。

実家に帰った・強力な魔物にやられた・この事件の「何か」に巻き込まれた…、

考えれば色々あるが、大体そんなところなのだろうか。

解明したくとも、そんなふうに知り合いが音信不通では協力も得られないし、

私は術師ではないから、直接的な餅火炎塩を打てない。

ひとりでうかつに園内をうろついて不味いものに出くわせば、命に関わる。

 

 


そんなふうに暮らしていたある日、

私はおかしな電波を受信した。

 

 

〔…こ、こす  …むこす  …に、なれ〕



空耳かなぁ。

わけのわからない退屈な生活をしてるうちに

頭がおかしくなって妄想術を発動したかもしれない。


そう思ったが、どこから聞こえてるのかと思いきや

黒衣人形がスピーカー代わりにされているのだった。

これは昔、教官が緊急の連絡事項を伝える時にも使っていた手段だったりする。

もちろん黒衣にそういう仕掛けを施したのは私のオリジナルなのだが。

つまり、たぶん、この電波は、本物だ。

学園に関わる者からの重要なメッセージかもしれない。

 

 

私は黒衣を掴んで置き直し、向き合うように正座した。

 

黒衣人形のつぶらな瞳が私を見つめてくる。

 

そしてそのつぶらな瞳の青年から、

 

…オッサン声のお告げが聞こえてきた。

 

 


…私はなぜか異界へ行くことになった。

電波主がそのように言ったのだ。詳細は、ここでは伏せる。

が、もしかしたら、学園が魔物だらけになったことと、

次元を介して起こることが、何か関係あるのかもしれない。


次元といえば…田口さんとか、今どうしているのだろうか。

4次元からこの状況を見下ろして、今、何を思っているだろう…

 


何にせよ、このまま学園に居続けても仕方ないのだ、

何か を持って帰ってこよう。

しばらくの間さようなら、…魔法学園。